【経験談】「大学受験が楽しい」と追い込みすぎたら、病んで勉強できなくなってしまった話

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はじめに

大学受験の勉強が「楽しい」と思っている人、「つらい」と思っている人、いろいろな人がいるでしょう。

私は受験生のとき、どちらの感情も経験しました。

勉強したてのときは楽しかったのですが、高校3年生で勉強にほとんど手がつかなくなってしまいました。

私の受験経験から高校生に伝えたいことは「受験期がつらかった私が、大学受験でしんどい人に伝えたい5つの考え方」に書いているので、自分を守るためにもぜひ読んでくれたら嬉しいです。

大学受験で、つらい思いをする人が減ることを祈っています。

両極端を経験した受験期

楽しすぎる塾生活 (高2~高3夏)

楽しかった理由

私が塾に入ったのは高校1年生の冬頃でした。

少人数で友達もできやすく、先生もユニークな人が多かったので、塾が好きでした。

その塾は進学塾だったので、高校2年生になると受験を意識した授業が始まります。

当時、学校のクラスがうるさくて授業が聞こえないことも多く、そこまで仲のいい友達もいなかったので私はストレスがたまっていました。

それもあって、塾に居心地の良さを感じるようになり、友達と勉強したり先生と話すことが楽しかったです。

また、若かった私は「塾講師」という存在に憧れを持っており、「塾講オタク」のようになっていました。(笑)

チェーンの大手塾だったので在籍講師も多く、いろんな先生と話をすることができて、わくわくしていました。

子どもの頃に見た「ドラゴン桜」という受験ドラマが大好きだったこともあり、「私は今、華の受験生だ!」なんてテンションが上がっていました。

楽しさが爆発した高2の夏合宿

モチベーション高く楽しく勉強していた私でしたが、さらに私に火をつけたのは塾の夏合宿でした。

各地の塾生と塾講師が集まって、みっちり勉強するイベントです。

様々な塾講師と話せたり、配布されたハチマキにみんなでメッセージを書き合ったり、合宿の最後には塾講師たちが密かに練習していたダンスを披露するキャンプファイヤーのようなものがありました。

塾の仲間との結束も強くなり、わいわいとした非常に楽しい時間でした。

そこで仲良くなった違う校舎の塾講師に「成績優秀者ランク表に名前載せられるように頑張りなよ!俺チェックしとくから」と言われ、好意を持っていた私は、合宿が終わってからも舞い上がって勉強していました。(笑)

高3になってからも順調に勉強は続いていた

塾に人数が増えて人間関係に変化はあったものの、自分の居場所のようだったのは変わりませんでした。

友達や先生と楽しいおしゃべりをしたり、授業では熱意のある言葉に励まされ、いつしか塾の価値観に浸って早慶上智を狙うようになりました。

国語と英語だけは偏差値もいいところまで行っていたので、私立文系で英語が勉強できるような学科を目指していました。

この時期になると成績や苦手科目で悩むこともありましたが、塾で勉強するのが楽しいことには変わらず、授業以外も自習室によく通っていました。

高3の夏合宿をきっかけに始まった地獄

「もっと自分はストイックにやらなきゃ!」と感化された高3の夏

高2で楽しすぎる合宿を経験した私は、高3の夏合宿も当たり前のように参加しました。

合宿はやはり楽しいことには変わりないのですが、参加するのが高3生ということもあり、最後に先生から受けるメッセージは熱く心を揺さぶられるものでした。

もともと塾の価値観に浸かりきって、まるで洗脳されていたかのような私でしたから、心を揺さぶられて号泣してしまいました。

帰ってからもその感動は続き、「こんなんじゃだめだ!もっと頑張らなきゃ」と頑張る毎日をおくりました。

合宿前の段階で受験モードに入っていたため、一日何時間も良いペースで勉強していたのですが、合宿がきっかけで過度に自分を追い込むようになりました。

今考えると先生のメッセージは、まだ勉強を全然していなかったり、遊びまくって勉強をサボりがちな人などへの熱い喝だったと思うのですが、見事に私が強い影響を受けてしまいました。(笑)

自分を追い込む毎日

合宿から帰ってからは、十分勉強していたにも関わらず、自分のスケジュールをさらにきついものに変えました。

「朝は5時に起きて勉強しよう」と決めたものの、夜遅くまで勉強しているのでなかなか起きられません。

「また今日も起きられなかった。自分は全然だめだ!もう!なんで起きられなかったの?」と自分を激しく責めて泣く毎日・・・。

覚えた単語も、忘れてしまうのは普通のことなはずなのに、「なんでこれ忘れてるの!?いいかげんにしてよ。前も忘れてたじゃん」と自分を激しく責めながら単語帳をめくっていました。

自習室に通うのも、交通にかかる時間 (30分)が惜しくなってやめました。

学校も自分の受験勉強に合わせた選択授業が多くなり、早めに帰って家で勉強することも許されていたので、家にいる時間が増えました。

休日ももちろん勉強です。

遊びに行くなんて、そんなこわいことできませんでした。

家にこもって自分を責めながら勉強をする日々が続き、いつしか体に異変を感じるように・・・。

体が勉強を受けつけなくなった

自分を感情的に責めることが増え、いつしか机に向かおうとすると吐き気がするようになりました。

教科書に手をかけようとすると、体が「う・・・」と前に進まなくなるのです。

その異変には母も心配し「遊びに行ったら?」と言ってくれましたが、勉強にあてられる時間を遊びに使うことを罪のように感じていました。

とてもこわくて行けません。

勉強しないといけないのに、勉強ができない・・・。

かといって、遊びに行くなんてこわくてできない。

一人で部屋にこもったまま、勉強に少しでも関わろうとしながら、思うようにいかない時間にどうしようもない日々を過ごしていました。

唯一勉強ができるのは、単純な暗記確認くらいでした。

ほとんど、単語帳をめくったりすることくらいしかできなくなりました。

このままでは高い偏差値の志望校に合格しない・・・。

勉強ができなくなった今の状況では、志望校を下げるべきだと頭で考えていました。

志望校を変えても地獄、変えなくても地獄

「早慶上智」としきりに塾で聞いてきましたし、そのために努力してきました。

目指す学部もあり、そこを卒業してからの華やかなキャリアプランも頭の中にしっかりとイメージが固定されていました。

そして同じように上を目指す塾の仲間たちの中にいるのに、私だけ志望校を下げるなんて、今まで頑張ってきたプライドが許してくれません。

ストイック思考に頭を占領されていた私の考えでは、「志望校を下げる=逃げ」でした。


しかし、勉強が手に付かないつらさと焦りのなかで、遊びに行くこともできずに、暗い時間をただ持て余していく日々。

この状態で第一志望には受からないし、そこを目指してバリバリ勉強をするのも無理です。

体が勉強を受け付けないのに目標が高いことで、気持ちが強く焦ったり「無理だ」と感じて暗くなっていくのも、とてもしんどいです。

「志望校を下げたい・・・でも・・・」

志望校を下げたら、逃げることになってしまう。

そんな自分を受け入れることができませんでした。

仲間にも先生にも合わせる顔がありません。

「私はどちらの選択肢も取ることができない・・・」

どちらにも動けなくなって、特に何もできない暗い時間を過ごしているうちに、ついに「死にたい」と思うようになってしまいました。

母も心配して、精神科を勧めてくれたり話を聞いてくれたりしましたが、当時の私は精神科に偏見があり、行こうとしませんでした。

それからは受験までの何か月もの期間が地獄のような日々でした。

母が見つけてくれた本によって、前向きに志望校を変更できた。

当時私は途上国で働きたいと思っていました。

具体的な職業は絞れないでいたものの、途上国で働くための知識につなげられるような大学を探していました。

ある日、母が私に良さそうだと見つけてくれた本を読んだのですが、読んでいくうちに目が離せなくなってしまいました。

その本は途上国で働く女性の自伝で、その人の生き方に感動した私は、その女性の出身大学・出身学部に興味を持ちました。

「尊敬する女性も頑張っていた」と思えたら、その大学や学部でのつらいことも乗り越えられるかもしれない。

そう思って選んだ大学が、中央大学です。

都心から離れ自然が多かったこともあり、癒しを求めていた私にはぴったりでした。

そして受験へ

相変わらずあまり勉強ができない私でしたが、家族や塾の担任の先生はよく私のことを理解してくれて、励ましたり息抜きを勧めてくれたりしました。

そのおかげで、受験に縛られた長くてつらい時間ではありましたが、試験日を迎えることができました。

合格発表はwebサイトでしたが、緊張しすぎてなかなか開けませんでした。

三科目受験では落ちていましたが、英語と国語の二科目受験で合格することができ、私含め家族も祖父母も大喜びでした。

塾の担任の先生は女性なのですが、「私のかわいい○○が落ちてたら、大学に電話で確認するところだった」という嬉しい冗談を言ってくれたのをよく覚えています。

今思うこと

この経験は非常につらいものだったので、7年近く経った今でもよく覚えています。

当時の私は意志が固かったのですが、そこに囚われて自分を大事にできていなかったので、とてもかわいそうなことをしたな・・・と心が痛いです。

勤勉であることや、自分に厳しく努力することが良いとみなされがちな世の中ですが、受験生のみなさんにはくれぐれも無理をしないでもらいたいと感じます。

大学だけが全てではなく、この先の人生いろいろな道があるし、受験の失敗なんて長い人生で考えればいくらでも取り返しがつきます。

失敗だと思ったことが、次の自分をつくってくれることもあるのです。

ただ、自分を大切にすることだけは、そのときの自分がしてあげないといけません。

誰かにとっての正論や世間の価値は、必ずしも自分のためになるわけではありません。

誰が何と言おうと、大切なあなたのことはあなたが決めていいです。

あなたのことを、あなたが守ってあげてくださいね。



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